とある薬屋の日常


「おはよう」
　耳元で囁かれた柔らかな少女の声に彼は目を覚ました。
　重い瞼をうっすら開けると馴染みの顔がそこにある。くぁ、と小さくアクビをしてから、その馴染みの少女、幼馴染みのフリーダ・フラーに挨拶を返すと「寝不足？」苦笑混じりに問われた。
「うん、昨日薬学書を読んでたら空が明るくなってた」
「ふぅん？勉強は大事だけど居眠りはよくないよ、ミキ。お客がぼくだからよかったけど他の子だったら困っちゃうぞー」
　言われて、彼、ミキ・マタ・オリはもう一度アクビをして「次から気をつける」眉間を押し揉む。その答えにフリーダは橙色の長い髪をかきあげながら「うそつけ」溜め息混じりに言った。



　そこは大通りから少し入った、人通りの薄い場所にある薬屋。
　外観は補強の部位が目立つボロ家で、風が吹けば壊れるのではないかと思うような風情だ。だが、齢13にして170を越す背丈のミキが走ってもビクともしないところから見るに案外しっかりしているらしい。
　扱うのは調合した薬、生薬をはじめ、洗剤や茶といった生活雑貨である。ダンジョン探索の薬より生活に必要な薬が多いが、ミキの兄が対オオカミ用の毒薬や能力増幅薬、また惚れ薬や性欲増強材といった珍妙な薬も作り出し、それらも並べられている。しかし毒薬にはギルドに所属している証明、つまり国の守り手として認められた者にしか与えられない帽子が必要である。また惚れ薬などといった特殊な薬品も犯罪に悪用されぬように身分の証明は必要であるから、こちらの売れ行きは芳しくない。――そもそももそんな珍妙極まりない薬を買う物好きは決して多くはないのだが。

　売れ筋は胃薬で、城と城下町をぐるりと囲む塀の外で取れる薬草から作られる。外の荒野に彼等の天敵であるネズミやオオカミがいる為、あまり頻繁に採取にはいけず
「あ、ごめん、売り切れ」
　このように売り切れてる事が少なくない。
「とりあえず、こっち渡しとく」
　言って、机に置いたのは店舗兼住宅である薬屋の裏にある薬草畑から作られたもので、店の薬の多くはこちらの畑から成されている。効果の程は荒野の薬草の物からは劣るものの、それでも十分な効き目がある。ただし、こちらは治癒に若干時間がかかる。
「フリーダ、お腹痛いの？あ、またお父さんの？」
「そそ、親父のさ。今日も朝イチからトイレに駆け込んでてさー。お酒でお腹壊すって分かってるくせに、いっつも馬鹿みたいに飲むから。っと、ミキくん、お茶っ葉もちょーだい、いつもの！」
「はいはい」
　うんうんと頷きながら、ミキは薬を入れた紙袋の隣に茶葉の入った大きめのガラス瓶を置く。フリーダは二つの品を確かめると、持ってきていた麻の手提げ鞄から幾重にも折り畳まれた黒色の布と空のガラス瓶を取りだし、代わりに薬と茶葉を詰め込む。物々交換だ。
「え、こんなに要らないよ」
　顔をしかめてミキが言えば「よく効く奴の前払いも込みって事で。つまり予約だよ、予約」「でもこんなに……」フリーダは笑い「黒い布余ってたから貰ってよ」舌をぺろりと出した。
「近所ではきみくらいなんだ、黒い服を好んで着るのは」
「汚れ目立たなくていいのになぁ」
　受け取った布を撫でながらミキは言う。特殊な糸を使ったそれは水を弾き、皺も付きにくく非常に使い勝手がいいもので、採取に外へ出る事が少なくないミキは非常に重宝していた。
「きみは外へ出るけど、みんなは中でいるから綺麗なおべべが良いのだろうさ」
「ゲリーも外行くんじゃないの？ギルドに入ってるんだし」
　ゲリー――ジェラルド・グレンは二人から５つ年上ながらも仲の良い幼馴染みであり、先の通りゲリーという愛称で呼ばれる事が多い。幼い頃から三人で行動をしていて、それぞれミキは薬屋、フリーダは布屋兼仕立て屋、ゲリーはギルド、と親の仕事を継いだ。といっても三人ともつい最近仕事の手順を習い始めたばかりで覚束無くはあるが。
「ゲリーくんはヘタレだから。なんかさぁ、みんなが嫌がる門番を好んでやってるらしいよ？ネズミ討伐とかオオカミ討伐とか、かっこいーとこ見せろってんだ」
「でも門番も大変だよ」
「忙しー時は忙しーンだろうけどね、暇な時は凄く暇だよ、あれ。この前見に行ったらヨダレ垂らして寝てたんだぞ」
　腹が立ったからアホ面にパンをぶつけてやったのだとフリーダはいう。おそらく昼食を届けるという名の下、不安にしていないかと様子を見にいったのだろう。なんだかんだと文句はいうが結局世話焼きなのが彼女の良い所だとミキは思っている。
「門番って絶対必要だからこそ、他の仕事に出なくて済むじゃん。いなくなったら困るし、暇になるからやりたいひと少ないし。戦うの怖いからって門番ばっかしてるんだよ、ゲリーくんってば」
「ゲリーは喧嘩嫌いだもん、仕方ないよ」
「ミキくんは甘い！甘いぞ！――って」
「ん？」
　フリーダが見たのは、外出の際には必ず身に付ける外套を羽織っているミキの姿。隣には巨躯のミキに見合う大きな竹籠が置かれている。
「外行くの？」
「うん、薬切れてるから」
　ミキは言いながら採取に必要なナイフや小瓶を繋いだベルト状の道具挿しを腰へと回ししっかり固定する。次いで片腕を籠についた背負い紐に通し
「父さん、母さん、ちょっと外へいってくるね」
　店と家を繋ぐ廊下に向かって言うと、同意の意味なのだろう、こつこつと調合部屋からノックが聞こえた。
「じゃあ、フリーダ。俺行ってくるからね、明日か明後日には出来るから取りに来て」
「や、悪いねぇ」
「ううん、早くよくなってもらわないと皆が困るから」
　フリーダの父親は腕利きの仕立て屋で、ここ一体の服を作ってている。その彼が休むとなれば今すぐではなくとも問題が出てくるだろう。
「お忘れでしょうが、ぼくも仕立て屋だよ、ミキくん」
「そうはいっても駆け出しじゃないか、それに織る方が得意だって言ってたよね」
　返すとフリーダは苦い顔をして「まぁね」と溜め息を吐いた。しかし、すぐに顔をあげ
「あのさ、その織り手のお願いなんだけどさ、外へ行く前にちょっと付き合って」
　彼女を家に送ろうと薬屋のドアを開くミキの腕にフリーダの腕が絡んだ。目を丸くして、それを見れば「表通りに用事があるんだ、きみがいると安全だからね」ぐいぐいと腕を引きながら言う。表通りならギルド員も多く歩いているし、スリを行うような者も大人しい筈だとミキが首をかしげると、対人混み用だという。
　曰く、ミキは大柄であるし、なおかつ他人の前では最近いかつくなってきた顔をしかめ、更にくすんだ赤髪に金目という容姿は有名な絵本の魔王と同じということも加味され、その姿は他を寄せ付けない程の威圧感を持つ。そんなものを人混みに混ぜれば、周囲が開き、大変歩きやすい。
「有効活用だよ。嫌ならビビってないで笑顔の練習でもしなさい」
　身勝手な事を言ってのけ、二人は店を出る。「出来たら苦労しないよ」早くも眉間に皺を寄らせたミキは呟いた。





　ミキの人避け効果は抜群だった。当人は人の多さに辟易していたが、立ち止まりそうになる度にフリーダが横腹を突っついてくるものだから、その度ミキはぴんと背を伸ばし、さらに顔をしかめる。彼をよく知らない者はその度に恐怖に戦いていた事を本人はしらない。ただ子供は好奇心旺盛で先入観が無いせいか、そんな大人達の姿を不思議そうに見つめたり、ミキに近付いたりしていた。
　彼を遊び相手にしている子供などは彼を見つけると周りをクルクル回ったり、よじのぼったりして、一頻り遊ぶとバイバイとごった返す人混みに戻っていく。
「子供には人気だよね、ミキくん」
「うん、小さな友達」
「そうやっておくびもなく言えるきみは可愛いぞ」
「可愛いって、それ、嬉しくない」
「うひひ、きみは昔からかわいーぞぅ」
　フリーダはニヤニヤしながら両手でミキの腕にしがみつく。全体重をかけてもびくともしないのが面白くないらしく、背負えと言われたが断った。ぶーぶーと文句を言うフリーダに「そういえば」とミキは言う。
「どこいくの？パン屋は反対だよ」
「ん？あぁ、パンは昨日多めに買ったからいいんだ。今行くのは花屋。布に花の模様入れたいんだけどさ、その為には生花をデッサンしたりしなきゃいけないんだよ。ま、今日は視察だけど」
　ここらへんにあるはずだとフリーダは言い、ミキから体を離し視線をぐるりと回す。しかし渋い顔をして「何処にあるのかねぇ」嘆息をつく。場所を知っているのではないのかと問うと、大体の場所しかわからないと再び嘆息。
「昔、うちの親父が買いに行ってた店なんだけどさ､暫く閉めてたらしいんだ。最近になって再開するって聞いたから見てこいって」
　絶賛腹痛と戦っている親父様からの命令なのだと彼女は肩を竦める。
「場所がわからないのに分かるかってのー」
「んっと、あそこだと思うけど」
「え？なに？ミキくんから見えてンの？」
「うん、わかるよ」
　二人の周囲から確かにひとは捌けているが、背のあまり高くない―年齢で言えば普通だが―フリーダからは人々の背しか見えず遠くの事はわからない。一方ミキは一般の大人と同じ程度であるからフリーダと比べ周囲を確認しやすい。便利だとフリーダが言えば、代わりに頭をぶつけるよとミキは苦笑する。
「あっち、何か引っ越しみたいな感じでひとが集まってる」
「へぇー！じゃあ其処連れてってくれるかい？」
　うん、と一つ頷きミキはフリーダの手を取る。何気ない動作だったがフリーダはほんの少しだけぴくりと肩を揺らした。
「ミキくんはぼくの事を女だと思ってないよね」
「お姉ちゃんだと思ってるけど？」
「しっつれいな！同じ１３だよ！！まぁ？べーつーにーいーいーけーどー」
　不機嫌な顔で言ってミキの手を振り払い「レディの手を取るときは気を付けなさい！」と、ミキの腕にしがみつく。
「そっちからはいいの？」
「いいの！」
「……――うん」
　ちょっと変だよと言いかけた言葉を飲み込みミキは件の場所へと向かう。
　そこへ着いてみると遠くで見たよりもひとが多く集まっていた。店自体はさほど大きくはないのに対し手伝いの人数がやたらと多い。木箱を運び込む数人の男性、周囲の掃除をしている女性達、屋根の上に登り看板を取り付けている者もいる。中でも何人か片付けをしているようだ。
　これならすぐに終わるだろうなとミキが感心していると「あのぅ」フリーダが掃除をしている妙齢の女性に声をかけていた。
「新しく開く花屋ってここですか？」
　声を掛けられた女性は「えぇ、そうよ」頷く。
「でも新しくって訳じゃないわね、正しくは再開。アイメルトさんの娘さんが始めるそうでね、ご夫婦にはよくお世話になったからみんなでお手伝いをしているの」
　そう言って、数日後に開くからその時にまた来て欲しいと微笑む。
「娘さん？」
「そう、あの子。青い髪の」
　言われて、彼女の視線の先を追うと青い髪をした可愛らしい少女が二人の少女と一人の少年と楽しげに話していた。
「――あ、ごめんなさい。呼ばれたみたいだから行くわ」　
「はい！ありがとうございました！」
　どういたしまして、と彼女は笑い掃除具を持って店の中へ小走りで入って行く。ミキはそれを眺めながら「ここで正解みたいだね」フリーダに声をかけた。だが返事は返ってこない。
「フリーダ？」
「うん？」
「どうかした？」
「や、神様を呪ってた」
「え……？」
　ミキは未だ青髪の少女から視線を外さないフリーダと、その視線の先にある青髪の少女とを交互に見る。……だが、なにもわからない。
「お花屋さんって女の子の憧れる仕事でしょ？しかも可愛くて、お洒落で、小さくて、で、みんなに慕われてて」
　すごく羨ましいと嘆息を吐く。
「ぼくには無い物ばっかだよ」
「フリーダは可愛いよ。それに、みんなフリーダが大好きだよ」
「うーん、いまそれを言われると複雑な気分になるんだけどなぁ」
　まあいっかとフリーダは肩をすくめ笑って
「ありがとうね、ミキくん」
　ミキにぴょんと飛び付き、腕を絡める。
「気分がいいから門まで送ったげるよ。ついでにゲリーの間抜けを叩き起こしてやるんだ」
　彼女の嬉しそうな笑顔を見て、ミキも嬉しくて少しだけ笑ってみせた。


　ミキ達の住む街は周囲を壁に囲まれ、荒野へ出るには東西南北に一つずつある門をくぐる必要がある。壁自体に結界が張っており、外敵はもとより住人も壁をよじ上って出入りすることは出来ない。
　その門をくぐるにはギルドの者に然るべき許可を得て門を開いて貰うのだが、門の開閉は魔法によってのみ行われている。ネズミやオオカミ、またなんらかの理由で荒野を住み処にする者――多くは盗賊――から住民を守る為、こうした仕組みが作られた。
　中の者が外へ行くには大した許可は要らないが、外の者が中に入るには大層な手続きと検査が必要なのだとミキは聞いた事がある。
　過去、門を無理やり開こうとした者も少なからずいたが、魔法での封鎖もありながら門自体も巨大であり、いかなる力にもびくともしなかったという。今でも年に数度は強行した者が出たと聞くが成功したという話は一度も出てきていない。
　その巨大で堅牢な門を開く為に必要なのは門番であるギルドの合言葉。日替わりで内と外で言葉が決められており、ギルドの者がそれを同時に唱える事により開く。
　それゆえ外の門番は屈強な者を、中には駆け出しのギルド員が置かれているのだが、門の出入りは然程多くない為、概ね暇な時間を彼らは強いられる。そのせいか、多くのギルド員は門番を嫌がり、結果、怠け癖のある者達がのんべんだらりと過ごしている。
　ミキの友人たるゲリーもその一人である。
　しかし
「残念ながら今日は寝てませんよ」
　ミキとフリーダの来訪をゲリーは細い目を更に細めた苦笑で迎えた。フリーダがつまらなさそうな顔で腕を組む。
「今日はサンドウィッチだから中身をぶつけてやろうと思ったんだ」
「起きててよかった！」
　ひきつった笑顔でゲリーが言う。フリーダは不服そうな顔で鞄から樹の皮の包を渡す。おそらくサンドウィッチだろう。受け取ったゲリーは笑顔を柔らかくして礼を言う。
「今日はみーくん連れてなになに？ああ、もしかしてデートで」
　言い終える前にフリーダがゲリーを頬を打った。小気味良い音に通りがかりの人が目を丸くしている。慌ててミキが通行人になんでもないです、大丈夫ですと言うと、苦笑を浮かべ、また気の毒そうな顔をゲリーに向けて去ってゆく。
「なんで先に殴るの……先に言葉で何とかしようと思わないの……」
「思わない」
　ミキの後ろへ隠れたゲリーと、冷めた視線でそれを見つめるフリーダ。間に挟まれたミキがなんとか場をおさめたが、ゲリーはミキの後ろから出てこなかった。
「そういえば」
「ん？」
「みーくん、外行くんですか？」
　籠を指差して言う。そうだと答えると、ゲリーはしばし沈黙し「じゃあ」と頷く。
「おれ、一緒に行っていいですか？」
　申し出にミキは「もちろん構わないよ」にっこり笑う。だがフリーダは「ゲリーくん、仕事は？」じとりと彼を睨み付けた。
「中に何人か居ますから代わって貰いますよ」
「ふーん？どーゆー風の吹き回しサ？休み時間も全部寝てすごしてるくせに」
「うん、気分転換――と言いたい所ですが、先輩の命令です。寝過ぎ、サボり過ぎだって言われました。だから肩慣らしにネズミ退治に荒野に出ようかなって」
　ウェーブのかかった黒髪をかきあげながら大袈裟に溜め息を吐くゲリーに、フリーダは正当な判断だと笑う。
「くぅくん、今日は非番だってのに見に来るなんて性格悪い」
「いつも寝てるから悪いんだぞ」
「眠い時に寝る、それが正しい生き方です」
　胸を張ってゲリーはシニカルに笑う。フリーダは呆れきったのか、それ以上は何も言わなくなった。
「じゃあ」
　みーくん、行こっか。
　壁に立て掛けてあった槍を持ち、ゲリーは門の前に立った。
　門の隣に立つギルド員に声を掛けると面倒臭そうに扉を叩く。しばらくすると外側からも音が聞こえ、面倒臭げなギルド員がぶつぶつと何かを呟く。
「じゃ、行ってくるね」
　後ろのフリーダに微笑かける。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
　数度手を振って、ミキは開いた扉の隙間に体を捻じ込んだ。




　城下町で育ってきたミキにとって荒野はとてつもなく広い。歩いても歩いても果てがない。すぐたどり着くだろうと思ったら半日かかったなど多々ある。
　遮る物は木々や草花程度で視線をまっすぐ向けると地平線が見えて、そこに朝日がいるとミキはどうしようもなく感動してしまう。透明な赤色が一面に広がる様はまるで別の世界になっていくようにも思えるのだ。
　この感動を誰かにも見せたいのだが、外へ出るには危険が伴ってくるので未だ誰も誘えないでいる。暮れてゆく陽を見る度に、その「もしも」を考えてプランを練っていたりするが、きっと使う事はないだろう。
　採取の為に遠くへ旅に出ている兄曰く寒い所もあれば暑い所もあるらしいが、ミキは陽溜りのある場所しか知らない。いつか叶うのならそういった場所にも行ってみたい。危険もあるだろうが、小さなネズミ程度なら恐怖は強いが追い払うことも出来る。あくまでも怖いだけ。かじられた瞬間驚いて振り払う、ただそれだけで力の強いミキにかかればネズミは気絶しながら飛んでいってしまうのだ。
　――行こうと思えばきっと遠くまで行ける。が、一人で行くような勇気は彼にはない。
「ゲリー、旅をしたいと思う？」
　そんな事を隣で遠くを眺めているゲリーに問う。ゲリーは逡巡した後
「少なくとも今は特にはないですね」
　ならば、いつかはそういう事を思う日が来るのだろうか。
　もしそうならゲリーと共に、あの地平線の向こうを見てみたい。叶うならフリーダも共に。
「みーくんは、旅をしてみたいんですか？」
「外の世界をもっと知りたいんだ。それで皆に綺麗な場所を教えてあげたい」　
　ミキはそう言って、外向きに巻いた猫耳を立てて、音を聞く。
「街では風の音もこうして聞けない。もったいないよ」
「風ですか」
「風、樹、花、大地、空。街ネコは知らない物が多いよ。俺達もきっと殆ど知らないんだ」
　荒野に並んだ二人のネコを風が押した。
　

　その世界にはネコがいた。二足歩行で、極めて人間に近い姿の。ネコであった名残は頭上の耳と尾。個人によって違うが概ねは同じだ。
　ネコ達の先祖の経緯は不明だが現国王が人間界にいたネコを引き連れ、そうして人の形を与えたというのが通説である。
　ネコ達の始まりからそう時間は過ぎていないが、街が出来、城が出来、国王が据えられ、世界は安定し独自の文化と安穏たる日常を得た。街には活気に満ち、想いは交錯し、文化は生まれ廃れ混ざり合い、勝者と敗者が生まれ、再生されては破壊され、遅々と早々と、ぐるぐるくるくる巡り続けている。
　王族が全てを司り、その下で貴族が愛と幸福を謳う。従者はその影で静かに佇み、ギルドは危機と愚かを切り捨て秩序を守る。街をまわすのは街ネコ達。しかし一歩荒野に出れば愛しき幸福は守られず、ただ吹き曝しの風が彼らを襲う。そのありのままの世界を好み住み着くはノラネコ。心のままに彼らは生き、己が文化を築き上げてきた。
　城に住むネコ、街に住むネコ、荒野に住むネコ。
　三種三様に彼らは生きてきた。
　その中で。
　偶然という必然と。
　悲しみを含んだ笑顔と。
　嘘を知らぬ真実と。
　遠い遠い記憶の外側にいる近過ぎて見えない内側と。
　冗談のような本気の言葉で綴られてゆくような。
　ほんの些細でいて大きな物語。
　ミキと彼女と。
　あの日、そしてこの時。
　そこにずっとずっと一緒にいたのは。





　いつかの誰かと交わした大事な約束。






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