6 白騎士と黒魔王
      -2.ダサ男(仮名)





「誰?」
 丘を登った二人は木陰で眠る男を見て首をかしげた。
 長めにとられた濃紫の短髪の青年が寝息を立てている。面立ちは端正で、麗しい女性かと見紛う程だが体格はしっかりしており男性のそれだであることが分かる。これで豪奢なスーツでも着せれば貴族だと言っても誰も疑うまい。
 だが
「わー、すっごいダサぁい」
 ハンナが冷めた目で青年を見下した。慌ててミキが「めっ」叱るが、彼も若干似たような感想を抱いているのでそれ以上は言えなかった。
 しわだらけのよれた白地のTシャツ。袖に至っては完全に伸びきって袖口は広がってしまっている。なんとなく薄汚れた感じも否めないばかりか、よく見れば虫食いが数ヵ所ある。その上に艶のある皮のベストを羽織っているが丈が中途半端、かつ全く似合っていない。下のズボンは黒のジーンズで、一見すれば問題無さそうに見える。が、よく見れば裾が膝のあたりや裾が破れてしまっている。決してダメージジーンズ的なものではない。ただの傷みである。その上、ポケットから飛び出しているキーホルダー(のようなもの)は誰に需要があるのかわからない不可思議――世間的にはキモカワイイ。ただし前者の意味が強い系 ――なキャラだ。
「ねぇ、まおー。どうして誰も止めなかったんだろうねー」
「……うん、なにか事情があるんだよ」
 ミキは未知の遭遇にめまいを感じながら、その人物に目を凝らした。この場所にいるのだから、もしかしたら知り合いかもしれない。決して物珍しかったからではない、決して。
「…………あー、うん……」
 見ていると何故か切なくなった。
 ミキとてセンスに自信がある訳ではないが、目の前のそれは彼の感覚からしても、否、文化的生活を営む生き物として本能的に非と言っている。ひとつひとつは無きにしもあらずといったところだが、全てが合わさると悪い所ばかりが強調され――どうしてこうなるまで彼を放っておいたのかと彼の家族を問いただしたくなる。
「ねぇ、ハンナ、この人知ってる?」
「ん?だんちょー、だよ!」
「だんちょう?」
「そぉ、ギルドの偉いひと」
「……ゲリーの知り合いかな」
 うーん、と首を傾げる。やがて「まぁいいか」一息を付き、彼から少し離れた場所にしゃがむ。
「起こさないようにお昼ご飯にしようね」
 バスケットから敷物を取り出しながら、ミキが言えば
「やーだっ」
「は?」
 ゴッと固いものがぶつかりあう音がした。
「…………ハンナ?」
 ハンナの両手はダサ男(仮)の両肩を掴み「起きて、だんちょー」揺さぶるたびに、彼の後頭部と幹がぶつかり痛々しい音が響く。
「おーきー「ハンナぁあああ!?」
 急いで小さな暴行犯をひっつかみ止めさせるものの、件のダサ男(仮・ただし事実)は低く呻きながら頭を押さえている。
「は、ハンナ、な、なにしてるの!」
「存在がムカついたから粛清?」
「いつから暴君になったの!?」
 そもそも粛清なんて言葉を誰に教わったのだろう、なんて血の気の引いた頭で考えていると、被害者たる男は顔をあげ、ギリリと二人を睨み付け「何をす「やッ!」
 バチン!!
 一際大きく手を打つ音が響いた。だがそれは一度だけ。
「だんちょー、起きた?」
 ダサ男こと、だんちょーを平手打ちしたハンナが嬉しそうに笑う。
「…………」
 彼は不意打ちの衝撃で地面に額をつけ、そのまま動かない。
「げぼくにぃがね、男はビンタで起こして貰いたいんだって言ってたんだよ!そしたら気持ち良く起きれるんだって!」
「うん、ゲリーが言うのは全部嘘だから信じちゃ駄目だよ」
「ジェラルド死ね、死んでからもう一度殺してやる」
 地面から動かない男は、そのままの格好でミキの親友に呪詛の念を唱え始めた。





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